東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.64

技法で終わらないで 

日下隼人    医学生相手の研修病院説明会(レジナビフェア)に行ってきました。なんども「手技はどの程度させてもらえますか」と尋ねられました。
   初期研修は、研修病院のためにあるのではなく、研修医のためにあります。でも、それは、研修医がしたがること・喜ぶことを病院が提供するということと同じではありません。患者さんのために働くことを誇りとできる医師の基礎作りの機会を提供するのが病院の使命です。初期研修について、手技を多くできるかどうかは本質的なことではありません。「手技」はあくまでも研修のツール(道具)であり、目的ではありません。初期臨床研修は医師としての基本的姿勢を身につける時期=医師としての基礎工事の時期です。身につけるべき姿勢は二つあります。一つは、患者さんの味方として、その心・人生を支える職業人としての確固とした姿勢であり、もう一つは疾患を科学的に多面的に徹底して分析する姿勢です。統合的な姿勢と分析的な姿勢ということもできます。その姿勢を身につけるために求められるのは、人と病気への謙虚さです。技術も知識もこのような姿勢を通じて身についていくものです。知識や技術の有効期間は長くありませんが、姿勢=態度は一生ものです。知識や技術はその科の専門医として一生学び更新しつづけるべきものですが、態度は若いうちに確固としたものを身につければ一生有効です。基礎工事は外から見て華やかさはありませんが、華やかさを求めない地道な努力が、将来の発展の原動力となります。このような経験が大きな成長を促進します。そのようなチャンスを得られるように、病院としてできるだけお手伝いすることが私たちの努めだと考えています。
   コミュニケーションも、しばしば手技=技法として語られます。研修医向けの記事に、「行動変容を促すLEARNアプローチ」が書かれていました。頭文字を並べて一つの単語として覚えさせることが、向こうの人は得意ですね。Listen(まずは相手を知る)、Explain(共通語でしゃべる。小出しに情報提供を行なう)、Acknowledge(患者の解釈モデルと医学的に正しいとされることとの間での相違の明確化)、Recommend(患者に合ったプランを勧める)、Negotiate(妥協して、けんかせずに支援)と説明されていました。「そうそう、こんなことができない医者が多いんだよね」と私も納得します。が、同時に、私はこのときの医師の立ち位置が気になってしまいます。この教育は、「相手を知るために聴き、無知な民に合わせて話し、正しいことを提示し、相手の行動変容を促し、医者の考える治療の枠組みに相手を乗せたら、それが医師としての成功」という感覚を研修医に伝えてもいると思います。「患者の行動変容」と言うとき、どうしても自分は「正しい」ところに居る「正義」の存在になってしまいがちです。自分がどっぷりと浸かっている医療の枠組みを問い返し、患者さんとのかかわりを通して医療者自身が変容するという姿勢は、どうしても希薄になります。研修医なのだからこんなふうに整理するほうが良いとも思うけれど、研修医のうちにこのような感覚が身についてしまうと、後にそれを修正することは困難だと思います。
   ケアは、私という医療者が、病を得た人と一緒に新しい人生をともに歩むことであり(それが付き合いです)、患者さんの話を聴き患者さんと話すことは、私が同行者として認めてもらうための自己開示だと私は考えています。そして、同行していく過程のすべてがコミュニケーションです。学ぶべきは技法ではなくその人の人生だということ(もちろん技法を学ぶことの意義はあり、技法を通して人生を知るのですが)、そして患者のほんとうの行動変容は医療者の行動変容なしにはありえないということは、忘れてはならないと思います。そうそう、あのLEARNの主語は誰なのでしょうね。

▲コミュニケーションのススメ目次へ戻る        ▲このページのトップへ戻る

 

プライバシーポリシー | サイトマップ | お問い合わせ |  Copyright©2007 東京SP研究会 All rights reserved.

無題ドキュメント