東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.106

緊張をほぐす

日下隼人    医療面接演習で、自己紹介をして、その直後に「今日は、なんで病院にいらしたのですか」と尋ねた研修医がいました。SPさんは少し戸惑って、「電車ですが・・・」と答えておられました。「腹痛」が主訴だったのですから、それならそれで「駅の階段は大丈夫でしたか、電車の中で気持ち悪くなりませんでしたか」と尋ねることはいっぱいあるのですが、・・・。
   面接終了後のディスカッションで、どうしてその質問をしたのか聞いてみると、「緊張をほぐそうと思って」とのことでした。けれども、具合が悪くて病院に来て、最初にこのような質問をされると、逆に緊張が高まってしまうかもしれません。「もっと病気のことを聞いて」と不信感が生まれるかもしれません。医療面接の教育が共用試験OSCEの段階で止まっていて、大学で共用試験OSCE後のフォローアップ教育がされていないことが分かってしまいます。緊張をほぐすということは、何か時候の話題のようなことを言えば良いということではありません。「OSCEではこれで良いけれど、ほんとうはね、その目的のためにはこんなふうにするともっと良いんだよ」というようには指導されていないのでしょう。
   「緊張をほぐす」ということは、つらい状態で病院に来た人に「温かく受け入れられている」と感じてもらえるように接することであり、一言でいえば「良かった、これで一安心」とホッとしてもらえるということです。「砂漠にオアシス」ですね。私の外来では、患者さんを直接声でお呼びして、立って扉を開けて、入っていらっしゃるのを待って、あいさつし、着座を勧めてから私も座るようにしています、ということはもう何度も書きました。それが、自宅にお客様をお迎えするのと同じことをしているのだということも。こうすることは「ようこそ」「どうぞ楽になさってください」というメッセージであり、そのことで、少しでも患者さんの緊張を和らげられればと勝手に期待しています。それに、こうすれば、患者さんはマイクの大きな声に悩まされなくなりますし、無味乾燥な番号表示を見つめ続けなくてもすみます。ドアをノックする必要もありませんし、具合が悪いのにドアを自分で開ける必要もなくなります。私は、その時の患者さんの行動や動作で、たくさんの診療情報も手に入れています。演習では「そんな工夫を、自分なりにいろいろしてみたらどうでしょう」と説明しました。
   私は来客があるとき、できるだけ病院の玄関か面会案内に迎えにいくことにしています。講演をお願いした講師などの場合は当然ですが、たとえば転勤で当院にはじめて挨拶に来る医師、私に講演を依頼するために直接来院される方、私と相談があるということで来院される方などの場合でも、そうします。約束の時間に部屋で待っていて、ノックされたら「どうぞ」と答えるという、その「上下関係の感覚」がまず肌に合いません。その居心地の悪さだけで、私はコミュニケーションに躓きそうです。それに、転勤の挨拶ていどのことでも「どんな部長だろう」「どんなふうに話せばよいだろう」と来院される方はなんとなく不安なものですし、「講演の打ち合わせがうまくいくかな」「今日はどう相談すればよいだろう」というような人の場合はもっと緊張していることでしょう。なんとかその緊張を和らげるところから、おつきあいを始めたい。「ようこそ、お待ちしておりました」という気持ちを表したい。私にできることは、このくらいのことしかありません。でも、たかだか10分か20分の時間ですが、私もその時間、ずっと相手の人のことを想って待っています。待ちだした時からつきあいが始まっており、その時間はつきあいを厚みのあるものとするためにはかけがえのない時間です。
   こんなこともコミュニケーション教育ではあまり伝えられていないかもしれません。ニッチな部分としか思われないのかもしれませんし、それほどにも思われていないかもしれません。でも「ニッチ」って、「隙間」という意味もありますが、「適所、適切な地位」という意味もあります。隙間におかれた調度品がその場の雰囲気にピタリとはまっているとき、その家の人のセンスの良さが光り、その人と親しくなりたいと思います(逆も真です)。そこですべてが決まってしまうことも少なくないのかもしれません。
   私のセンスが良いという意味では全くありませんが。(2012.5)

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