東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.107

49%と51%

日下隼人    患者さんからいただく病院へのご意見を見ていると、病院のことを絶賛して下さっているものもありますし、一から十まで批判しておられるものもあります。お褒め下さる方は採点基準が甘いのでしょうか。批判ばかりされる方は、人格的に問題があるのでしょうか。病院の評価は両極端に分かれる傾向があるのでしょうか。
   そういうこともあるかもしれません。でも、「感謝しかありません」という方でも、何も不満がないはずがありません。批判しておられる方も、それが愛情の裏返しのこともあるでしょう。多くの場合、それは51%と49%程度の違いではないでしょうか。51%満足した人は、「49%には目をつぶっておこう」というだけのことかもしれないのです。褒めてくださる方の49%の不満の部分、批判している方の49%の満足の部分は私たちには見えませんし、見落としてしまいます。ほめてくださる方が書かなかった49%を気にすることがケアです。罵詈雑言を書き連ねている人も、不満を不満として語ってしまうことで、その人が生きやすくなっているかもしれません。そう思えば、クレームであっても、少しゆったりと受け止めることができるようになるのではないでしょうか。
   私が若かったころのことですが、「患者団体も、医者に協力するものは良いけれど、文句を言うものは困る」と言う先輩の言葉に、そのころ「文句を言う」団体の人としかおつきあいがなかった私は戸惑いました。主導権を持つのは医師で、患者団体はそれに協力するという構造では医療は何も良くならないと思いましたし、批判してもらうことがなければ医者なんて成長しようがないのにとも思いました。こういう医療者の感覚は今もあまり変わっていないようです。なにか病院のあり方や医療者の言動に「異議」をとなえる患者は、それだけで医者に不快感をもたらし、身構えられ、「精神的に問題がある」などとされることさえ少なくありません。医者は、自分がしていることは正しいという思い込みからなかなか逃れられないようですし、言葉を言葉通りに受け止めてしまう性癖もなかなか変わりません。
   でも、病を得るということは、避けがたく精神的に問題が起きるということです。精神的に問題の無い患者など、存在しません。だとしたら「精神的に問題がある」というのは、何も言っていないのと同じです。驚くべきは、異を唱えて声を上げる人がいることではなく、こんなにも多くの人が、医療者を責めることもなくしばしば感謝の言葉を述べて帰っていることの方です。「感謝」の言葉の裏にある「怨嗟」の声に気付かない医療者の鈍感さこそが、私たちの人生を貧しくしています。
   「『子どもとおとなは運命的に、敵対関係を結ばざるを得ないのだ』『敵として対峙しなければならないこともあるのだ』と思っていれば、些細な敵対行為など可愛いものです。大人と子どもとは、全面的に一致し、徹底した味方の関係を組み得ないことを認識することで、両者の関係はもしかしたら変わってくるかもしれません」と本田和子は言います(『子どもの発見』光村図書1985)。この「子ども」を「患者」に、「おとな」を「医療者」に置き換えることもできそうです。どんなに善意に満ちていても医療者は避けがたく既に傷ついている人をさらに傷つけるものですし、医療者が患者の味方になることなどほんとうはできないのだというところに腰を据えて、それでも少しでもその人の人生に寄り添ってみようとする時、患者と医療者も今より良い関係をつくれるのではないでしょうか。 (2012.6)

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