東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.130

「メタ・コミュニケーション」

日下隼人    こちらの思いが通じない時、「こんなに話しているのに、どうしてわからないのだろう」と、どうしても相手が悪いと思ってしまいがちです。でも、多くの場合、聴く耳が悪いのではありません。話す方が信じられていないのです。人間が信じられていない時、つまりこの人の話には何か下心や嘘があるのではないかと思われていれば、言葉通りには聞いてもらえません。それまでのつきあいの積み重ねから、言葉は聞かれます。初対面であっても「医者はこんなものだ」と思われていれば、やはり聞いてもらえません。人は言葉の奥の言葉=メタ・メッセージを聞いているのです。
   医療者の言葉が患者さんに通じないことの一つに、医療者は自分の判断や考えを話して、それできちんと説明したと考えているからではないかと思わされることが少なくありません。でも、それでは通じないのです。医者は、どう考えているのか、何を心配しているのか、どのような背景からこの「結論」の言葉が語られているのが話されないと、結論が患者さんの心にストンと落ちないのです。
   「初めて子どもが熱をだして受診した時に『病気は何ですか』と尋ねたら、『そんなのわかるわけないでしょ』と言われてしまいました。それ以来、あの先生は避けています」という母親がいました。
   「そんなのわかるわけない」というのはまったく正しい。でも、「○○○や△△△など、いくつかの病気が考えられるのですが、まだそのどれだと言えるだけの症状が出て(そろって)いません。ここでせっかちにお薬を出してしまうよりも、ここはあと1日待って、症状の変化を見てから検査を進めるほうが、無駄な治療ややり過ぎの治療をしなくて済みますので、ここはちょっと我慢して待ってみませんか。今の状態なら、この1日のために手遅れになる可能性はとても少ないと思います。もちろん、今夜でも・・・・のように具合が悪くなれば・・・・・」と説明しなければ、その正しさが伝わりません。

   「医者はどうしても最悪の場合のことも考えますので、こういう言い方になってしまうのですが、その可能性はごくわずかですから、まずそのつもりで聞いてください・・・・」
   「こうした言葉は医者にはあたりまえのもので、珍しいものでも難しいものでもないのですが、初めてお聞きになると『こわい』とお感じになるかもしれませんね」
   「病名は怖いですが、医者はこの病名を聞くと、一番性質の良い病気と考えるのです」
   「勝手に医学がこんなややこしい名前を付けてしまっていますが、分かりやすい言い方にすると・・・という意味にとって下さるほうが分かりやすいと思います」
   「この病気が回復するのはふつう1週間くらいかかりますから、医者は『まだ短い』という顔をすると思いますが、患者さんには5日間は長いですね」
   「医者の間でも意見が分かれていて、絶対にこちらが正しいとは言えないのですが、多くの医者はこの方法を勧めているということには、それなりの根拠があると私は考えています」
   「このような症状の場合、手術が必要な病気を見落とさないようにとまず医者は考えます。ただ、現在のところ診察でも検査結果でも、外科医に診察を依頼しようと思うだけの異常はありません。あと一両日で改善する可能性が高いと思いますが、症状が無くなって元気になるまでは、『手術しなくて大丈夫かな』と気にし続けて拝見していきますから・・・」    回りくどいかもしれませんが、私はこんなふうに説明しています。
   医師の言葉が生まれてきたところ、医師がこの言葉で考えていること・心配していることを説明することは、「分かり合えない」事態を少しは改善してくれるのではないでしょうか。このようなことは、「メタ・コミュニケーション」のレベルを説明するというような言い方ができるのかもしれません。ここで、少し手間をかけるだけで、コミュニケーションはずいぶんうまく行くのに「もったいない」と思わされることが少なくありません。
   医者は、メタという言葉からは「転移」しか思いつかないのかもしれませんが。(2013.5)

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