東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.133

最後の研修医オリエンテーション

日下隼人    この4月、私は退職後なのに少し無理をお願いして、研修医オリエンテーションのかなりの部分を担当させていただきました。このように研修医と関わることは今年が最後なので、最後のグループワーク(「2年後どのような医師になりたいか」)の後のまとめを、研修医たちへのお礼でしめくくりました。これまでお付き合いのあったすべての研修医への感謝の思いも込めて。
   当院の研修医オリエンテーションが3週間近く続くということは以前にも書きましたが、他の病院と違うところは多くの現場を経験してもらうことと、いくつかのテーマについてグループ討議をしてもらうことです。現場としては、看護業務、クラーク業務、メッセンジャー業務、ボランティア、救急車同乗、入院体験などがあり、チーム医療を身をもって知ってもらっています。グループ討議としては、医療面接(1日かけます)、医療倫理、緩和ケア、看護(私と看護部長がチューターとなります)などをそれぞれ2-3時間かけています。
   オリエンテーション終了後、大学では医療倫理的な課題について議論しようとしても引いてしまう学生が少なくないということを研修医から教えられました。「大学ではこのようなグループ討議をしても、多くの学生からは芳しい評価を受けないでしょう」とのことでした。恵まれた環境をすなおに生きてきた若い人たちですし、しかめ面をして「小難しい」議論をすることはカッコ悪く、楽しい友人関係に水を差してしまうこともありそうですから、避けようとするほうが普通の態度なのでしょう。学生運動の影響もあって大学生のころ小難しい議論ばかりしていた私としては、時代が違いますから仕方ないとは思いつつも少し寂しい気がします。この世界になじむ前の若い時に真剣に議論しないことを、この世界にどっぷり浸かってから議論するようになることはまれなのですから。
   医療倫理について、教授やどこかの「偉い」人が眠くなる講義をしていた、という記憶しかない人も少なくありません。学生が眠くなるのは、話している方が、自分の足元を危うくする可能性があるほどの重要な(深刻な)自分の課題として医療倫理を話していないからではないでしょうか。そうしたメタ・メッセージが伝わってしまうので、倫理の講義が学生の心に残らないのかもしれません。長く医師をしてきているのに「考えても仕方のないこと」「なんか、うるさいヤツが勝手に言っていること」と思っている人も少なくないのを見ると、こうした教育について医学教育の課題は小さくないという気がします。進んだ医学教育をしているという大学の報告をみても、医療倫理の教育についてはとても希薄です。卒前教育よりも卒後教育の課題という気もしますが、知識や技術の習得に熱中する時期ですから、ここでも倫理についての議論には引いてしまわれそうです。
   「倫理、緩和、看護、チーム医療など大学では言葉とその定義くらいしか知らなくとも済んでしまうことを20日間にわたり同期の皆と議論しあえたことは、実際の臨床現場に出る前にできて良かった。どうしても研修では、手技・知識・診療に気が向いてしまうので、4月1日から現場に出ていたら、自分では絶対に今回学べたこと、考えたことなどは思いつきもしなかったと思う。そう思うと、本当にこのような機会を与えていただいたことにとても感謝しています。」
   「グループディスカッション・グループワークが印象深かったです。もっと長い時間かけたいと感じることが多々ありました。ディスカッションで扱ったテーマは、今後も個人的に考えていきたいです。2年目が終わった時にもう一度みんなとディスカッションして変化を見たり、一度原点に戻ってみるのも面白いと思います。ディスカッション以外にも、他者や自分自身について考える機会を何度もいただき、医師として働き始める前に、このような時間をもつことができて本当に良かったです。」
   オリエンテーション終了後の研修医の感想です。若い人たちが年寄りの心をくすぐる文章を書くことに長けていることは知っているので、こうした言葉を鵜呑みにして喜ぶほど私が素直ではなくなっていることが残念ですが。(2013.6)

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