東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.134

研修医の医療面接演習で

日下隼人    研修医オリエンテーションで医療面接演習を10年以上行ってきました。この間に、医学部教育にOSCEが導入され、確実に(OSCEとして評価される)ポイントを押さえた医療面接ができるようになっています。成果は上がっているのですが、逆にポイントさえ押さえればそれで良いだろうというところに止まってしまう場合がないでもありません。武蔵野赤十字病院の研修医たちは、10倍以上の倍率の採用試験を通ってきた人たちなので上手にできるのは当然なのですが、だからといって「その先」を見ることが自動的にできるとは限りません。
   「その先」に見えてくるのは、患者さんの生き生きした姿です。丁寧にお話を聴いていくと、目の前の患者さんの背景に、その人の暮らしている世界、生きてきた歴史がだんだん見えてきます。目の前に座っている人が、歩きだし、仕事に行き、家の扉を開け、家族との暮らしがあり・・・・、というように見えてきてはじめて、つきあいが生まれ、そこから診療に必要な情報も見えてきます。それは、人間が生きることへの関心、覗き趣味です。「聞き出す」のではなく、言葉があふれ出てくるように話してもらえる雰囲気を醸し出すことは、ポイントを押さえたソツのないインタビューだけでは、かえって難しいでしょう。医師の「言いよどみ」「ちょっとした世間話」「短い時間の沈黙」「少しのギャグ」、ちょっと型を崩した動作(私は、考えるフリをするときには「腕組み」や「頬づえ」を使って、少し間をとっています)などが触媒になることがあるのですが、もちろん逆効果になることもあるので、若い人たちに「やり方」をうまく伝えることは簡単ではありません。
   SPさんから聞いた話ですが、ある大学の先生が「情報は患者さんしか持っていないのだから、良く話を聞かないとだめだよ」と学生に指導していたとのことです。この指導は正しいように聞こえますが、この言葉から「患者から情報を引き出すことがインタビューの目的だ」というメッセージが伝わってしまいそうな気がしました。この説明では、患者は医療を円滑に進めるための情報源の位置にとどまっているのではないでしょうか。よく話を聴くことは信頼の源なのですが、気を付けないと「患者さんと信頼関係をつくることが大切なのだ」というメッセージが伝わらないかもしれません。あのオスラー先生も「患者の話を聴きなさい、患者は診断を語ります」と言っているのですが(そのとおりであり、私もそんなふうに講演していますが)、患者さんが語っているのは診断ではなくその人の人生です。そのことを強調しておかないと、つい医者は診断に関係ないと思うことを聞き流してしまいがちで、そうすると結局は診断にも辿りつけなくなります。 (2013.6)

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