医者が管理者になると、完璧であろうとする人が少なくありません。医療情勢を最もよく知っており、常に速やかに適切な判断を下し、職員を適切に指導・誘導できなくてはならないと考えがちです。職員からそう思われるようでなければまずいという脅迫感にとらわれがちなのは、子どもの時から「優等生」で生きてきた人の陥りやすい陥穽です。大学で研究指導をしてきた人も、だいたいそんなものです。
職員から「反応が少し鈍い」なんて言われると、「プライド」が傷ついてしまう。何かを尋ねると「よくわからないけど・・・」「いろいろ難しくてね・・・・」と、少し「馬鹿を演じて」人を育て、組織を動かす役回りをとるというようなことは苦手です。トリックスターなんてとてもとても、・・・・どの世界にも、意識せずにそうしている人はいますし、見ていても意識的なのか無意識的なのかわからない人もいるのですが。
トップの仕事は、患者さんを応援し、176で書いたような現場の人の「思い」を応援することだと私は思います。そして、医療の志を謳いつづけること。どのような提言を聞いたときも、どのような行動方針を検討する時にも、「それって、患者さんにはどう受け止められるのだろう?」「それって、患者さんにどんな良いことがあるの?」「それって、ほんとうに良い(善い)ことなの?」とだけ訊き続けていれば(自分にも)、志は職員が受け継いでくれるでしょう。言葉が多くなればなるほど、志は伝わりにくくなります。(「それって本当に儲かるの」と訊きつづければ、そのような志が伝わるでしょう。)
臨床研修の場でも、「それって、研修医にはどう受け止められるのだろう?」「それって、研修医にどんな良いことがあるの?」「それって、ほんとうに良い(善い)ことなの?」と訊き続けることができれば(自分にも)、責任者の仕事の大半は果たせるのではないでしょうか。
自分の考えと合うと「それは良いね」、合わないと「それは違う」と言ってしまいがちなのが医療者です。そうすると、そこで話は止まってしまいます。
そのことは、診療の場でも、日常生活の場でも同じです。(2014.08)