この春で退職してから2年になります。今では時々外来診療をしているだけなので、だんだん「昔」何をしていたのか忘れてしまいそうです。そこで、病院勤務していた時、外来見学に来てくれた医学生にお話ししていたことをまとめてみました(既述の文章がいくつも出てきます。一部、最近学んだことも書いています)。
1 外来は、医局(自室)を出るところから
「病院は舞台です。私たちが、患者さんの期待する医療者を「演じる」ところ。そして、私たちが患者さんから値踏みされるところ(患者さんにとっては命がかっているんですもの、当然ですね)。患者さんの居られるところに出る時というのは、「さあ」と自分に気合いをいれて袖から舞台に「飛び出していく」時のようなものです。私たちは(患者さんも)、その舞台の上でそれぞれが役を演じているのです。だから、だらしない服装はできないし、だらだらした歩き方もまずい。楽屋でなら許されることでも舞台では、役に合わないのです。服装や歩き方がきちんとしていない人に、自分の命を「預けるのか」と思うだけで患者さんは心細くなります。服装や歩き方がきちんとしていない銀行員にお金を預ける人がいないのと同じです。役者として「かっこよく」生きる姿なしに、信頼は生まれません。
2 診察前にも情報はたくさん
初診ならば、たいてい「問診用紙」に記入してもらっています。再診ならば、前回だけでなく過去の受診内容が書かれています。そういったものには、必ず目を通します。「問診用紙」に丁寧に書いたのに、1週間前に同じ医師の診察を受けたのに、「今日はどうしました」と尋ねられたのではがっかりしてしまいます。「今日は・・・でお困りとのことですが・・・」「前回の・・・・の症状は、その後いかがですか」と尋ねられれば、それだけで嬉しくなりそうです。ちなみに「どうですか」ではなく「いかがですか」と尋ねるのが礼儀。
患者情報欄で、年齢を確認すればだいたいの体型が想像できますし、誕生日から年齢がわかります。こうしたことで、名前を名乗ってもらわなくとも「患者の取り違え」は起きにくくなりますし、子どもと会話するきっかけが得られます。
そうそう、私は「はじめまして、小児科の日下です」とは言いません。初診の人にこの挨拶をしたところ、「あ、でも、先日、上の子を見ていただきました」と言われたことがありますので。
3 診察は、診察室の外から始まる
患者さんを診察室に招き入れる時、私は、診察室の扉を開けて患者さんのお名前を呼び、開いた扉を保持して入室されるのを待ち、着座を勧めてから自分も椅子に座ります。こうすることで、患者さんはマイクの声に耳をそばだて続けたりや案内表示を見続けたりしていなくても済みます。診察室の扉をノックして、中からの声に耳を澄ませ、おそるおそる扉を開ける、というようなことをしなくても済みます。扉を開けると、医者が偉そうに椅子に座っていて、首をこちらのほうに少しだけ向けて、「どうぞ」とボソッと言われるというような事態も避けられます。でも、これは自宅にお客さまを迎える場合と同じことをしているだけなのです。
このとき、私は同時に診察をしています。名前を呼ばれて、立ち上がり、診察室まで歩いてきて、椅子に座る、その動作・行動を観察しているだけで、身体所見や精神的な所見が得られることが少なくありません。親子の関係が「見える」こともあります。「全身をよく見る」ことから診察が始まりますが、かなりのことがここで済んでしまいます。髄膜や腹膜の刺激症状のある子どもがすたすた歩くことはまず無いでしょう。診察と良い接遇は別々のことではないのです。扉を開けて患者さんに声をかける時、同時に他の待っている患者さんの様子も見ます。つらそうな人には声をかけ、長く待っている人には順番を案内したりもします。
4 まずは挨拶
「おはようございます」「こんにちは」と必ずこちらから先に言います。相手に先に言われてしまったら、それはそれで仕方ないのですが、その場合でももちろん「おはようございます」です。「はーい」などという返事が許されるのは、飲み屋の「お姉さん」だけです。挨拶もせずに「そちらへどうぞ」と顎をしゃくりながら言うようなことは、もちろん論外です。
「お待たせしました」も必須の言葉だと思います。患者さんは、診察券を再来受付機に通した時から待っているわけではありません。「来週、また来てください」と言われれば、1週間待ち続けています。それも、何か悪いことを言われのではないかという不安の中で待っているのです。そして、「明日、受診だ」と思えば、前日から特別な支度をしなければなりません。配偶者を早く送り出して、上の子のお弁当を早く用意して、保育園の先生に連絡をして、・・・、(主に女性ですが)早めにお化粧をして、着ていく服を選んで・・・、と山ほどのことを片づけなければなりません。そんな過程を経て、待合室で待っておられるのです。だから来院から5分しかたっていなくても、「お待たせしました」です。「お待たせしました」に、「こうした背景もちょっとだけですが、気づいていますよ」という思いも私は込めています、伝わるかどうかはともかく。
子どもを見下さないように、椅子の高さを低めに調節します。見下されることに圧迫感を感じた子どもは泣くしかなくなります。カルテは書きにくくなりますが(キーボードを打ちにくくなりますが)、自分の都合良さは、最後に考えればよいことです。(2015.01)