東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.227

「患者さん、その選択は・・・!?」

日下隼人     患者さんが、医療者からみれば「とんでもない選択」をする場合があります。「(心筋梗塞のICUでの治療が一段落したところで)もうどうしても退院したい」「(化学療法が有効なのに)がんの治療を受けない」「(医者の勧める治療を受けないで)〇〇療法を受けたい」と言いだすようなことがあります。医療者にはなかなか分かりにくいことですが、「(医者の勧めるいやな治療をうけなくとも)この方法で絶対治る」という言葉は、医学的な説明よりもはるかに患者さんには魅力的に聞こえます。
    でも、このような希望を聞いた医師は「とんでもないことを言いだした」「良くわかっていないから、もっと説明しなくては」と思いがちです。たしかに患者さんは「医学的なこと」はわかっていないのでしょう。しかし、自分の希望は医師が認めるものではないことはよくわかっているのです。医者の説明する診断や治療を「わかりたくない」のかもしれません。
    親の反対しそうな人と「結婚したい」と親に紹介する時には、予想される親からの批判への反論はすでに用意しているのと同じです。反論を用意するために、自分の選択に都合の良い話だけを聞くようにします(認知的不協和の低減)。結婚したい相手のことを誉める人は「良い友人」、欠点を教えてくれる人は「やっかんでいる人」「敵」です。このような時、周囲の反対は結婚したいという思いを強化することにしかなりません。医師の「正しい医学的説明」による説得は、親の反対と同じ働きをします。「医師の行わないこの治療で良くなった人の話」「医師の勧める治療をうけて悪くなった人の話」「〇〇の薬は要らない」といった類の本によって認知的不協和の低減が図られているのですから、それらへの反論は聞いてもらえません。「治療拒否」は、駆け落ちと同じです。
    「あなたはよくわかっていない」「間違っている」「だまされている」「そんなのだめだよ」「どうなっても知らないよ」「死んでしまいますよ」といった「上からの」雰囲気の医学的説明は繰り返されれば繰り返されるほど、「この医者は自分の気持ちが全然わかっていない」「敵だ」ということになり、医師から離れようとする思いを強化します。否定的な言葉から始まる説得はほとんど無効です。医師の説得が「奏功」して「医師の勧める治療」を受け入れることはあるでしょうが、そのような時には説得された屈辱感・敗北感が残ります。
    でもほんとうは、患者さんも迷っていますし、医師に頼りたいとも思っています。この思いを受け止めるためには、患者さんの選択を非難したくなる気持ちをいったん白紙にして、虚心に患者さんの気持ちを「そのまま」聴くこと=いちど受け入れてみることから始めるしかないと思います。そのように聴く時、患者さんも「表面の希望」の奥にあるほんとうの思いや迷いを話してくれるかもしれません。「患者さんの苦痛が少なく、良くなってほしい」というところでは、患者さんと医療者の気持ちは一致しています。その気持ちのところまで「降りて」話し合うところから、なんらかの解決の糸口が見つけようとするしかありません。それは「味方」のポジションです。(IPI分析と言います。 和田仁孝・中西淑美『医療メディエーション―コンフリクト・マネジメントへのナラティヴ・アプローチ』シーニュ社2011)
    それでもうまくいかないことが少なくありません。結論を保留したまま、少し時間をおくことできるのならば、それは一つの方法です。最終的に「決裂」した時には、最後に「困ったり悩んだりすることがあったら、いつでも相談にお出でくださいね」という言葉を贈ります。この言葉を待っている患者さんは少なくありません。その後の過程でも患者さんは何度も悩みます。私が同じような経験をしたことがあり、電話で「決裂」してしまいました。後日その母親が「あの時、『困ったらいつでも来てね』と言ってくれたら、すぐにでも飛んで行きたかった」と言っていたという話を伝え聞き、私はそのことを学びました。つながる回路を断たないようにすることは、私たちの矜持です。
    このような時こそ、「社会学、心理学、人類学、経済学、倫理学などの人文・社会科学知」の出番です。 (2015.12)

▲コミュニケーションのススメ目次へ戻る        ▲このページのトップへ戻る

 

プライバシーポリシー | サイトマップ | お問い合わせ |  Copyright©2007 東京SP研究会 All rights reserved.