東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.39

「患者と医療者とを対立関係にしないで」

日下隼人    患者さんからの「クレーム」は、しばしば一方的で、勘違いがあり、感情的なものです。それで、その自分に対する「クレーム」を聞かされた医療者が「病院は患者の言うことを鵜呑みにするのか。病院は職員を守らないのか」と言うことは珍しくありません。そうなると、病院は「職員を守る」といわざるをえません。でも、この隘路に入ってしまったら、患者と医療者とは敵対関係にならざるをえません。
 本当は、患者さんの味方のポジションを堅持して(言いなりになるということではありません)患者さんを守ろうとする医療者を病院は絶対に守る、と言えればよいのにと思います。あるいはまた、「クレーム」を言わざるを得ない患者さんを守る(繰り返しになりますが、患者さんの言うことを鵜呑みにすることでも、言いなりになることでもありません)ことで、職員を守ると言えればと思います。「言えれば」と書いたのは、なかなかこんなふうに言ってはいられない「クレーム」もあるからなのですが。
 死んだ家族への「喪の儀式」「悲嘆の仕事」と思える「クレーム」も少なくないのですが、それも問題患者(家族)対応的に語られてしまいがちです。身内の死に際して、誰にぶつけてよいかわからない「怒り」、自分への「怒り」、先に逝ってしまった人への「怒り」。そうしたものを医療者にぶつけるしかないほどに、人の死を受け止めることは大変な仕事なのでしょう。自分の中でなんとか「処理」している人も少なくないでしょうが、「処理」仕切れず自分が収拾つかなくなってしまうことのほうが「普通」だというところから考えたいと思います。時には自分への「恨み」をそのまま引き受ける=「自分を恨むことで救われるのなら、恨んでもらおう」、そうしたケアを自らが引き受けることもありうるというささやかな決意を持つことも医者の「芸のうち」だと私は思っています。
 医療に携わる者にとって、患者に騙されるかもしれないし、利用されるかもしれないし、振り回される危険も少なくないけれど、それでも患者のことを「絶対に悪しざまに語らない」「できるだけ好意的に考える」という姿勢を崩さないという選択肢があると思います。今は流行りではありませんが、このような選択がありうることを感じている若い人は少なくないでしょう。その目を、病院管理の立場から曇らせてしまわないようにすることも、先に生きた者の務めです。


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