東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.42

コミュニケーション教育の目的は?

日下隼人    模擬患者が医学教育に参加するようになって、ずいぶん時間が経ちました。日本の医学教育を良くしたいという医師たちが、このような教育に早くから取り組んできました。その意味で、模擬患者参加型の教育は「自動的に」肯定的な評価を受けがちです。しかし、導入から時間が経った現在、模擬患者参加型の教育をしさえすれば「良い」といえるものではないような気がします。
   教師の常なのでしょうか、いったん導入された教育については「より効果的な成果をあげる」ということが語られるようになります。でも、それは「成果主義」の罠に陥ることだとも言えます。この「成果」は、数量化できたり、目に見ることができるものとして語られます。何十年か後に何かが得られるかもしれない、というようなことは「成果」とは扱ってもらえません。そこに「標準化」とか「世界標準」という言葉も入ってきます。「欧米ではこうしているから、日本でも」という批判精神を欠いたグローバリゼーションが跋扈しがちです。(日本の学問や思想は、常にこのような形で海外のものを「取り入れ」、しかも都合よく変えてきたのですから、医学教育も例外ではありえないのでしょうが。)
   その結果、模擬患者活動は「シミュレーション教育」という言葉に閉じ込められてしまいます。成果と効率から考えていくと、模擬患者が道具に見えるのは致し方ないことです。「市民の協力を得て、より良い医学教育をする」と言われるとき、市民=SPは「協力者」でしかありません。そこでは、医学教育者の使いやすい模擬患者が良い模擬患者ということになりがちです。「標準化」した「SPを使用」という教育者の姿勢からは、医療者の操作対象・道具としての患者という姿勢が学生に伝わってしまいます。市民を都合よく使うという姿勢は、学用患者・モノとしての患者を見る姿勢と変わるところがないのですが、医者にはそのように構造的にものごとを見る習慣がありません。標準化は数値化された結果への拝跪を強化します(もともと学生はそうしたものですし、点数で差別化された受験生気質が抜けていません)。
   模擬患者活動が始まったころには、「市民参加により、受益者(協働者)の市民感覚で医療のあり方を問う、医学教育の内実を問う」という姿勢が医療者側にあったような気がします。この姿勢は、模擬患者をいつも「主語」にして私たちのしている医療を見つめなおそうという姿勢であり、「患者中心の医療」に通じる姿勢でした。医療を市民の手に取り戻し、改革していこうという志が、今でも息ついているとは思います。その志は医療が変わることでしか伝わりません。そもそも自らが変わる姿を学生に示すこと、教育者が学生と関わることによって自ら成長する姿を示すことこそが教育です。模擬患者と関わることで医学教育者たちがどう変わったのか、その日常診療がどう変わったのか、医師たちは今日の医療にどう対峙しようとしているのか。いまも私たち医師は、学生たちからも市民からも見つめられているはずです。
   私が「医療におけるコミュニケーション」を自らの問題意識としてきたのは、コミュニケーションこそがケアの本質であり、医療とはケアのことだと考えたからです。その後、ナラティブという言説が広まりましたが、その人たちと問題意識は共有していると思います。ケアの意味を考え、ケアを深めるためにこそコミュニケーションを深めたいと今も考えています。その意味で、コミュニケーション技法という言葉や、会話分析という方法にはしっくりこないものがあります。「分析」は、「分析する者」と「分析される者」という関係を固定しがちです(「関与しながらの観察」というように、ケアにつながる回路はあると思いますが)。技法となると、どうしても「適切な診療のために」→「適切に情報を得ること」「信頼関係を作る(信頼させる)こと」となってしまいます。このとき、みかけは変わっていますが、「医療者中心」という立ち位置は以前と変わってはいないのです。そこでは、教育は生まれていません。
   「医師の枠組みに沿った情報を集め、医師の枠組みに乗せるためにコミュニケーション教育を行う」と考えるか、「患者の世界を知り(感じ取り),患者の世界を支えるためのコミュニケーションを一緒に考える教育をしよう」と考えるか。「模擬患者が身体診察もさせてくれるほうが、教育効果があがる」という意見に私がなじめなかったのは、コミュニケーション教育の目指すところが違っていたからなのでしょう。
鶴見俊輔の「新しいことを言うことが大切なんじゃない。重要なことをくりかえし言うことが大切なんだ」という言葉が私は好きです。


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