東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.92

言葉を届ける

日下隼人    医師の患者さんへの説明について、気になることを看護師にあげてもらいました(以下、斜字はアンケートの回答を抜粋したものです)。
   「『ちゃんと話した』ことと『ちゃんと理解された』こととがイコールでないことが、どうしても理解できない人がいる」。送った言葉が相手に届いているか気にしない人がいることは、医療の世界に限りません。言葉を発送しても、言葉という荷物を運ぶレールがなければ届きません。届いても、その荷物を相手が開けられなければ、結局届かないのと同じです。
   レールは、信頼の上にしか敷かれません。この信頼は、相手の話を丁寧に聴くことからしか生まれません。「聴く」ことは、相手のありのままを受け容れることだからです(全肯定とは違います)。でも、「あきらかに『あなたの話を聞く気はない』というオーラを出」す人もいるのです。
   このレールの道床は、相手への敬意です。敬意のないところでは、道床は崩れ落ちていますから、荷物は届きません。「患者のベッドサイドに立ったまま見下ろして話す」「外来が忙しいときなど、患者さんに背を向けたまま話したり、理解されないと『ため息』をつく」「貧乏ゆすり、話を聞きながらボールペンをカチカチ」。こんなとき、荷物は瓦礫となってしまいます。
   届いた荷物が開けないことは、むしろ日常茶飯事です。
   「理解の不十分さを全て相手のせいにする医師がいる。自分の説明の仕方がわかりやすいものであったのかという振り返りがない」「口調は優しいが、単語レベルで一般の人には通じない医学用語が頻繁に入ることがある」。医師は、誰もがわかりやすく説明したつもりになっています。でも、それは30階建てのビルの、30階から20階に降りてきた程度なのです。10階も降りることはとても疲れることなので、医師は達成感に満足しますが(あるいは息切れしてしまっていますが)、下にいる人にとっては30階も20階も同じように「ずっと上の方」でしかありません。これでは荷物は開けられません。
それなのに、「一方的な説明で、相手が理解しているのか確認しようとしない」「患者が、聴きたくとも聞けない雰囲気がある」。相手の理解を確認し、質問を通して話し合うことは、相手の人と一緒に荷物を開けることなのですが、なかなかそうはいかないようです。
   なぜ、そうはいかないのか。それは「荷物を送る」と考えているからです。「荷物」ではなくて「贈り物」を、「送る」ではなくて「贈る」と考えてみれば、事態は変わります。贈り物を選ぶときには、どのようなものならば相手の人に喜んでもらえるかを真剣に考えます。贈ったのですから、ちゃんと届いているか心配します。こちらの想いが伝わったか、ずっと気になります。医療の場のコミュニケーションを、こんなふうに考えることもできると思います。 (2011.10)

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