東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.95

電子カルテ

日下隼人    「いまごろ?」と言われそうですが、私のいる病院もとうとう電子カルテになってしまいました。時の流れで仕方のないことですが、手書きの味わいがなくなることがまず寂しい。字を見てその人の性格や人柄を想像する楽しみは奪われてしまいました。同じ人でも、字を見ていると、その字を書いている時の気持ちや状況を知ることもできたのですが、それもかなわなくなりました。下手な字を苦労して読むという手間が省けただけ、下手な字を解読したという達成感も得られなくなってしまいました。
   電子カルテが始まって、若い医師たちがみんなブラインドでどんどん入力している姿を日々目の当たりにして、私のような年よりはあらためて感心してしまいます。と思ったら、結構年配の医師でも同じようにしている人が少なくありませんでしたから、私が鈍いだけでした。ほとんどの人がローマ字入力をしているのですが、私はと言えば50音入力で、なかなかあの早さではキーを叩けていません。25年前にワープロを使い始めたとき、「50音入力で、キーボードを全部使う方が良いですよ」とアドバイスしてくれた人がいたためもあって、もう50音入力が身についてしまっています。
   でも、ローマ字入力は50音入力の倍の数、キーを叩くことになります。しかも、いっぱいカルテ記載をしたい若い人たちはブラインドタッチですごいスピードで叩きます。急いで叩くので、その音は大きくなります。たいていの人は大きくカタカタという音をたてて入力しています。当然、手の動きも大きくなります。ブラインドタッチと言っても、その目は画面の文字を見つづけているだけです。医師はずっと画面を見ていて、患者さんにはたまに一瞥をくれる程度です。患者さんにしてみれば、仕事中の事務職員に話しかけているような気がしているのではないでしょうか。
   患者さんが話している時の表情や動作も診察の大切な要素なのに、見ていなくて良いのでしょうか。医師の言葉がどう受け止められているかも、患者さんの表情を見ることで察するしかないのです。診療レベルが落ちないか心配だと言ったら、「紙カルテのときだって、患者さんを見ずにひたすら書いていた医者もいっぱいいた」と言われてしまいました。
   カタカタという音を絶え間なく聞かされる患者さんの中には、追いたてられる感じで、言いたいことも言えなくなる人がいるでしょう。早口になってしまう人もいるかもしれません。急かされて、早口になれば、大事なことを言い落としてしまうのが常です。カタカタという音を聞いているうちに、ルロイ・アンダーソンの「タイプライター」という曲を思い出してしまいました。あの「カタカタカタ、カタカタカタ、・・・・・・チーン」という曲は面白いのですが、それが診察室でということになると、患者さんは急かされ追い立てられて、「チーン」で一丁上がりと片づけられた気になりそうです。患者さんの話のペースに合わせるにはタラタラした入力がちょうどよいくらいだということに気づきました(実は、私も患者さんが診察室から出て行ったあとでは、けっこう早いスピードでカタカタと入力しています、もちろん50音で)。
   静かにキーボードを叩くように、手を大きく動かさないようにということもお話しすることが必要だということに気づかせてもらったのは、電子カルテ導入による最大の収穫かもしれません。(2011.12)

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