東京SP研究会
コラム:日下隼人

日下隼人プロフィール

No.97

手は口ほどにものを言う

日下隼人    病院の職員にとって、カルテもレントゲン袋も診察券も、ただのモノにすぎません。カルテを放り投げるようにワゴンに入れる人がいました(これはカルテが電子化された現在では、「今は昔」の話になってしまいましたが)。患者さんとのレントゲンの袋や診察券の受け渡しを片手でしている人は今もいます。診察券を、「それ」とか「これ」と言っている場面は珍しくありません。「それは、今は良いです」ではなくて「そちらは、今は結構ですのでお持ちになっていて下さい」というようにはなかなか言えないようです。「(ある事務職員が)自分のレントゲン袋を両手で受けとってくれたのがうれしかった」という投書をいただきましたが、そうしたことが病院ではあまり行われていないことの表れです。
   患者さんにとってはカルテもレントゲンの袋も診察券も自分の持ち物、というより自分の身体の一部です。自分の身体の一部が放り投げられているのを見た患者さんは、「痛み」を感じます。レントゲン袋や診察券を粗雑に扱われると、自分の身体と心が粗雑に扱われた気がします。自分の大切な持ち物を、病院の職員は「それ」「これ」という程度にしか思っていないのかと感じて、がっかりする人もいるでしょう。診察券はIdentity Cardなのですから、大切なものであることは当然です。
   その人の大切なものを片手で渡すことができるのは、必ず上位の立場の人です。逆に言えば、その態度が、その人が上位であることを見せつけます。それに、たとえそれが単なるモノであっても、モノを丁寧に扱えない人が相手の人に優しくするとは考えにくいでしょう。心は、手つきに表れています。道案内の時の手つきでもそうですが、心を込めた動作は、言葉よりはずっと多くのことを伝えるコミュニケーションです。
   そう言えば、救急外来で子どものおなかをギュッギュッと触った研修医に注意したことがあります。ギュッと触られれば、子どもの不安は増すばかりです。ていねいで優しい触診は、子どもには「あなたと友だちだよ」というメッセージですし、付き添っている人には「あなたのお子さんを大切にしていますよ」というメッセージです。診察の手に心を込めること、そのことを感じ取ってもらえるように触れること、目と同じように「手も口ほどにものを言う」ということを、若い人たちに伝えることはとても大切なことなのだと思います。 (2012.1)

▲コミュニケーションのススメ目次へ戻る        ▲このページのトップへ戻る

 

プライバシーポリシー | サイトマップ | お問い合わせ |  Copyright©2007 東京SP研究会 All rights reserved.