東京SP研究会
コラム:佐伯晴子

No.3 国民に信任される医学教育であるために

佐伯晴子 医療は急速に姿を変えつつある。医療が信頼できなければ健康保険を離脱する国民が出てきてもおかしくない。国民皆保険がわが国の医療の大前提であるなら、何としても存続させねばならない。わが国の医療は患者・国民の信頼にかかっているのである。個々の診療における説明がわかりやすいこと、態度が失礼でないこと、これだけでも満足に行なえるように早急にすべきことは何か。医学教育をする人自身が一般市民と普通に接して、普通に対話する態度をもつことだと私は考える。医学のアカデミズムで医療を行おうとする限りは、対話自体が困難であろう。医療は相手があって初めて行なえるのである。しかも、相手に、社会に信頼されてこそ意義がある。
 ノーベル賞受賞者の野依良治氏は科学技術は公共性重視が必要であるとの趣旨で、日本経済新聞に(2006年1月6日)「国民の十分な理解と支援を得るためにも、研究者には、いま一度自らの公共的使命の確認を求めたい。(中略)公共的利益が公的機関自らの利益を決定して初めて、社会における正統的な存在でありうるからである」と書いた。医療とそれを担う医学教育にも当てはまることである。公共性というキーワードを医学教育にみることは今までなかったように思うが、これが「患者中心の医療」と同じくらい多くの場で目にすることができ、つねに意識されるようになれば、おそらく日本の医療は国民の信頼を取り戻すことができるであろう。
 今それを始めるのに一番近く位置しているのが、一般市民の模擬患者とのつきあいであり、模擬患者との医療面接教育であると言える。一部の医学教育者が唱えるような一般市民を「材料」扱いしては元も子もない。そのような価値観や態度は次世代の医療者に伝えてはならない。医療において物として扱われることに異を唱える国民と対話するきっかけが、一般市民とのつきあいで実現できるのである。これだけ不信が強くなっている医療に対して、建設的な態度で接する市民は、過去を忘れ現状には目をつぶり将来を見据えているのである。医学教育はこの好機を逃さず、一般市民と誠実につきあう努力をすべきであろう。

篠原出版新社 医学教育白書2006年版 収載

参考文献: 厚生労働省社会保障審議会医療部会「医療提供体制に関する意見」
(平成17年12月8日)
藤垣裕子「専門知と公共性」 東京大学出版会
小林傳司「公共のための科学技術」 玉川大学出版会

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