2010年1月23日実施
平成21年度地域包括ケア研修会 講演5 要旨
「信頼される地域包括医療・ケアをつくるヒント」
コミュニケーションを学ぶ ―言葉で治療する―
東京SP研究会 代表 佐伯晴子
コミュニケーションは接遇の延長線上のテーマとして語られることが多いかもしれませんが、安全で安心できる医療における情報の共有化(common →communication)は患者にとってはきわめて重要です。拙著「あなたの患者になりたい」(医学書院刊)から10年。その中で、患者は医療者の些細な言葉や態度で不安になり、専門用語と早口の説明では理解と納得はできず、残念ながら信頼に至らないこともあり、患者とのコミュニケーションを改善し信頼を築くには、論理も言語も感覚も価値観も違う異文化だと割り切り、患者の声を聴き感じ方に触れることが必要だと書きました。これがわが国の医学教育現場に医療の受け手が患者役を演じる模擬患者として参加した背景です。話しやすくわかりやすい対話能力と、人として向き合う態度をもつ医療者の出現を切望していた一般市民は、医療界が外部の人間、社会の目を入れる画期的なことと歓迎し、「新しい」医学教育に参画することで医療者が変わり、患者が個人として尊重される「患者中心の医療」を実現できると期待しています。
SP(模擬患者: Simulated Patient)東京SP研究会は医療コミュニケーションの向上を目的に1995年4月の設立以来、医歯・看護・薬剤・リハビリ・栄養・養護・福祉・事務職など幅広い領域で、学生・研修生・中堅・指導医・専門医など多様な医療面接演習やインフォームド・コンセント研修などを行なっています。医学部や歯学部、薬学部の試験などでのSPは機械的に答えるだけですが、当会の模擬患者活動では、症状をもって生活する人の考えや感じ方に焦点を当てます。最近では遺伝カウンセリングのクライアント役で研修会をお手伝いしたり医療機関の倫理委員を務めたりしています。そこで、今までの医学教育や医療者研修を通じて、医療者のコミュニケーションについて感じていることをお伝えします。
まず、極めて忙しいためコミュニケーションが十分にできない現状があります。患者さんやご家族の話をゆっくり傾聴するなど無理だと言われます。そのため診療の最初の段階から患者さんやご家族は「話を聴いてもらえない、正しく理解してもらえない」と感じ、検査結果の説明場面では「わかりやすく話してもらえない、質問させてくれない」と不満を覚えます。また、時間の問題が解決できた場合でも、患者さんと医療者とでは価値観や認識に多いに違いがあります。医師側の7割が「きちんと説明した」つもりのものを、患者側は3割程度しか「きちんと説明してもらった」と思っていないという認識のズレがあります。さらに、患者が、自分の身に起こった事実(病気やけが)に向き合い次の行動をするために「わかる」必要のあることは多岐にわたります。医学だけでなく医療の制度や医療機関の習慣、医療チームの連絡、医療者個人の聴き方や話し方も含めて、「わかる」「通じる」のは簡単ではありません。
医療の素人が情報を伝え医療者が間違いなく受け取り、医療者の情報を患者側が正しく理解し納得する、医療者をパートナーとして患者が自らの人生を切り開く。この双方向のコミュニケーションを成立させるためには、理解する側の患者や一般市民の感覚を医療者がじかに受け止める必要があります。患者と医療者の立場ではなく、地域をつくる住民同士として交流し対話と協働の風土を作れたら、何にも勝る治療の文化になると思います。
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